【滋賀/長浜】クマ出没注意!? 小谷城跡は哀愁漂う戦国屈指の山城

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小谷城跡(滋賀、長浜)

滋賀県長浜市にある小谷城跡にやって来ました。前回のブログでは清水谷武家屋敷群跡、小谷城戦国歴史資料館に着いて書きましたが、今回はその続きです。

この小谷城戦国屈指の山城と呼ばれ、浅井長政織田信長と関係が亀裂し、姉川の合戦を経て織田軍が攻めて来るが難攻不落の小谷城を攻め落とすのに3年以上もかかったと言う。そんな急峻な山城、さぞかし登るのは大変だろうと思いますが…

小谷城跡

実は、山の中腹まで車で来ることが出来ます(詳しくは前回の内容にて)。

そう、本丸跡まで歩くのは約400mのみ。意外と楽チン。でも、ここはハイキングも人気なので、歩くのが好きな人、古城を深く愛する根っからの歴史ファンは歩くでしょうね。

車を置いて歩き始めて1~2分で見えてくるのが番所跡」。ここが城郭主要部の入口だった部分になります。

小谷城跡

今回は学生時代の友人と男2人の男旅&歴史散策。彼には民泊の取材にも協力をしてもらったわけですが、お互い歴史が好きと言うのあり、また家族を連れて普段来れない山城を散策しようかと言う流れで小谷城跡に決定した。

そして、意気揚々と出発した私たちの足取りを弱めたのが…

小谷城跡

この「クマ出没注意」と言う看板。しかも、この看板が所々にあってリアル感を増す。何を隠そう、私たちは超ビビリなのである。

「鈴かラジオを携帯して下さい」「早朝、夕方は避けて下さい」と案内がある。鈴もラジオも持ってない。時計を見ると16時に近い…微妙な時間帯だ。

すると、友人がスマホを取り出しYouTubeで鈴音を流し出した。「素晴らしい、ナイスだ」そんな会話の後に歩き始めた。チリンチリン!チルンチリン!という鈴の音の動画は1分ほどで終わる。微妙だ。すると友人が音楽をかけようと言い出した。

そして友人のセレクトは足立佳奈『フレーフレーわたし』と言う曲。

この曲がメッチャ良く!山道を歩く自分たちが24時間テレビのランナーのような気分になってくる。クマ除けに大音量でこの曲を流し、山道を男2人で歩いたのだった。

小谷城跡

すると途中で、20代頃の女性が一人スタスタと私たちを抜かして行った…。

クマにビビリながら、YouTubeで鈴の音や曲を流して歩いてる男2人。平然と歩き去って行く女の子。ちょっと恥ずかしかった。しかし、いい曲だったなぁ~ CD買おうかな。

小谷城跡

さて、ここは御茶屋跡」。ここは御茶と言う名前があるのでお城の中にあった憩いの場みたいなイメージが出るが、軍事施設だったとか。主郭の最先端の曲輪跡

小谷城跡

当時はこんな感じだったようですね。

小谷城跡

ここは「御馬屋跡」です。ここは本丸を守るための曲輪だったそうな。

小谷城跡

ん?熊だけでなく、カモシカもいるらしい…。

小谷城跡

確かに中腹まで車を使ったのでアレですが、けっこう山深い。動物が色々出ても不思議ではない。クマだけは勘弁ですが…。

小谷城跡

そして先に進むと、大きな岩があり、案内には「首据石」と書かれている…。

どうやら、この岩の上に敵方に内通していた家臣の今井秀信という武将のクビをさらしたそうな。浅井長政の祖父の時代のことのよう。

小谷城跡

そして「赤尾屋敷跡」

小谷城跡

実はこの場所は、1573年9月1日、織田信長の兵に攻められ、黒金門から討って出た浅井長政でしたが本丸に戻れず、重臣の赤尾美作守の屋敷に辿り着き…

小谷城跡

ここは浅井長政が自刃した場所。28歳の若さだったとか。

小谷城跡

これは後にボランティアガイドさんに教えてもらった事ですが、テレビドラマなどでは小谷城は燃え上がり落城してるけど、実際には燃えた形跡がないらしい。

きっと、この辺で最後の激戦が繰り広げられていたのでしょう…。

小谷城跡

そして「桜馬場」に来ると浅井家家臣の慰霊碑もある。

小谷城跡

この辺が、NHK大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』のロケ地だったよう。

小谷城跡

ここは景色も素晴らしい!目の前には秀吉が陣をはった虎御前山が見えます。

小谷城跡

この桜馬場からスグの場所に、黒金門跡があり、浅井長政が自刃した赤尾屋敷跡もそう離れてません。この先には「大広間跡」「本丸跡」と続いています。

城が攻められ、一族が滅ぶ。戦国の時代、私たちは小説や時代劇などでその時の様子を知ることが出来ますが、実際は想像をはるかに超えて冷酷で惨劇的だったに違いない。

小谷城跡

う…、また「クマ出没注意」の看板。曲を…

小谷城跡

ここは「大広間跡」です。

小谷城跡

屋敷の礎石跡か?大きな石が転がっている。

小谷城跡

そして、石垣が残る場所が「本丸跡」です。

小谷城跡

ここでやっと、城らしい雰囲気が味わえます。

小谷城跡

本丸跡の石碑もありますね。

小谷城跡

いつも古城跡に来ると感じるのが、時の逆算。今は2018年、この城が堕ちたのが1573年。今から443年前…。そして450年ほど前に遡ると、ここは活気に溢れ、子供達は賑わい、女性たちには笑顔があったはず。それが滅び去った。

今は深と静まり返った山の中、大きな木が沢山茂っている。時の流れに哀愁を感じます。

小谷城跡

この小谷城跡は、縦に細長く出来ている。今回このブログでは番所から御茶屋、御馬屋、桜馬場、赤尾屋敷、大広間、本丸と紹介しました。本丸から先に進むと中丸、京極丸、小丸、山王丸と続いています。

ちなみに、羽柴秀吉の軍勢が清水谷の急傾斜から小谷城京極丸を急襲し、本丸を守る長政、小丸を守る長政の父である久政を分断、そして小丸、本丸と落城する。難関不落と言われた山城は秀吉が長浜城を築城した時に解体され、建築資材として運ばれたと言う。

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▼民泊は想像以上に旅を盛り上げる!滋賀長浜の歴史を巡る男旅

小谷城跡

場所:長浜市湖北町伊部