【和歌山】山口神社は和歌山城の鬼門にある坂上田村麻呂ゆかりの地

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山口神社(和歌山市)

和歌山市の北部、ちょうど阪和自動車道の真下辺りに位置する場所に、あまり知られていない由緒正しい神社があります。その神社の名前は山口神社と言います。

JR紀伊駅から県道7号を東に10分ほど車で走った場所にあり、社伝に寄れば創建は平安時代まで遡る歴史ある神社です。

山口神社

この山口神社は意外な人物のゆかりの地なんですよ。



まず本殿に向かって歩き始めると、鳥居の前の狛犬の姿がありました。

ここの狛犬さんの表情がイイんです。大きな口を開けて笑っているように見える。狛犬って怖い顔をしている事が多いけど、実に優しい顔なのです。

山口神社

なんだか縁起の良い気持ちにさせてくれます。

山口神社

さて、鳥居からは本殿までは15分ほど歩きます。細い長い1本道で車も通行できますが、運転に慣れていない方は歩く方が良いかも。

ちなみに、先ほどの鳥居の前にはローソンがある。ここの駐車場は広い。そこに車を置いて…いやいや、私はそのローソンでドリンクを買いました。

山口神社

この山口神社には興味深い話が残っていて、この神社は坂上田村麻呂と縁が深いそうな。この神社が坂上氏の一族が先勝を祈願して祭礼を行った場所でもあったとか…

さらに、この近辺には坂上田村麻呂の墓「将軍塚」まであるそうな。

山口神社

坂上田村麻呂の墓と言えば、京都の将軍塚が有名で立ったまま葬られ平安京の守護神として知られています。

山口神社

あの坂上田村麻呂の墓が和歌山に?気になってウィキペディアで山口神社を調べてみると…

山口西は坂上村とも呼ばれて、紀伊坂上氏の本貫地であった『角川地名辞典』

と書かれていました。

次にグーグルマップでこの周辺を調べて見ると「坂上」の名は見当たらず、今は山口神社の「山口」がこの地域の地名になっているようです。歴史っているのは謎めいているから面白いんでしょうね。

この近辺にあると言う将軍塚。何処にあるのか確認が出来なかったのですが、もし情報があればまた調べてみたいと思います。宮司さんにお会いしたけど、その時に頭が回らず聞き洩らしてしまった…。

山口神社

この奥に見えるのが社務所。

山口神社

そして、この社務所を超えると、木々の囲まれた参道があって一気に雰囲気が変わる。

山口神社

この参道を過ぎると山口神社の本殿で、日吉神社春日神社が並立されています。

日吉神社が本社とし、伊久津姫命(いくつひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、弥照大神(いやてりのおおかみ)が主祭神になります。

山口神社

大正時代に皇太子さま(後の昭和天皇)が植樹されたようですね。石碑が残っています。

また社伝によると、熊野街道沿いに位置するために、熊野詣の上皇や女院がしばしば立寄った場所でもあったそうな。

山口神社

また社伝には、こんな記録も…。天正13年(1585年)には豊臣秀吉紀州攻めにおいて根来寺等とともに焼討され、後に豊臣秀長によって再建。

江戸時代には和歌山城の鬼門の守護神として浅野氏紀州徳川氏からの援助を受けたと言う。

山口神社

その当時は現在の山口神社ではなく「日吉春日神社」と称されていたんだとか。その後、1909年に現在の山口神社となったようです。

こちらが境内の中にある春日神社

山口神社

こちらが日吉神社です。

山口神社

そして、境内を歩いていると不思議なものが…

山口神社

それは石を組んで描かれた鳥居の姿。

山口神社

これは何だろう?と思い宮司さんに聞いてみると、伊勢神宮内宮外宮そして、すぐ横にある龍神池にお神酒を捧げている場所とのこと。

お神酒の方角に伊勢神宮があり、隣の龍神池は、大雨などで池が決壊し土津波を起こしたことがあり、荒ぶる龍神様を祀っていると言う。とても神聖な場所なんですね。

和歌山市の北部に位置する山口神社、ここが坂上田村麻呂ゆかりの地であること、かつて秀吉に焼討されたこと、和歌山城の鬼門を守る神社であること、あまり知られていないけど、ここも様々な歴史の重要な通過点だったんだと思うと感慨深いものです。

山口神社

場所:和歌山県和歌山市谷377
電話:073-464-5028
参考になるホームページ